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二度観ればさらに楽しいニューヨーク


脳内ニューヨーク・サブ1

今フォルツァ総曲輪で上映中の「脳内ニューヨーク」。
とにかく素晴らしい映画なので、最低二回観ていただきたいです。
僕にとっては今まで体験したことのない種類の映画でした。

そんな「脳内ニューヨーク」のテーマは
まさしく「人生」であると感じました。
脳内ニューヨークの原題は「Synecdoche New York」。
この「Synecdoche」という語に注目です。意味は提喩法。
提喩とは文章の表現方法である比喩法の一種で、
『全体と部分との関係に基づき、
「花」(全体)で「桜」(部分)を、
「小町」(部分)で「美人」(全体)を表現する類。』
だということです。

この原題により分かってくるのは、
監督のチャーリー・カウフマンはこの映画で
人間の「人生」そのものを描きたかったのではないかということです。
「人生」という言葉の中には、多くの意味が含まれています。
この言葉によって連想される言葉を挙げていくと…
誕生、成長、時間、家族、妻、夫、子供、仕事、友人、死…ときりがありません。
さらに具体的に挙げようとすれば、それらは無数の言葉となり派生していきます。
「人生」とは人間の一生全ての物事が含まれるとても大きなテーマです。
カウフマンは、2時間の尺の中ではとても語りきれそうもないそのテーマを
何とかして表現できないか?と考えたのだと思います。
そして彼はそれを「提喩法」で表現することを思いついたのです。
全体で部分を、部分で全体を表現する方法で。

これは様々な登場人物があらゆる他の人物や出来事と交差し合い、
それぞれが物語上でまた別の意味を持ちながらつなげられていく映画です。
オープニングを例に取ると、
『人生には始まりと終わりがある。』ということをラジオのMCが口にします。
「秋は終わりが始まる時なんです。
一年を一生とすると秋が始まる9月は
花の枯れる人生の晩年と重なる物悲しい季節です。
だからこそ美しい。」と。
そこから映画は始まりますが、このラジオの台詞は
直後のストーリーとは何ら関係を持ちません。
しかし後に重大なつながりを持ちます。
『終わりが始まる』というのはこの映画自体に言えることです。
このラジオが話している時に写されている画面は主人公ケイデンの寝室で、
電子時計が7時44分から45分に変わる瞬間の出来事です。
そして映画の終盤に脳内のニューヨークのある時刻に起こる出来事を見ていただけば、
この映画が、無数の伏線に張り巡らされ、
「人生」そのものの複雑さをいかに果敢に
表現しようと試みた映画かが理解できるはずです。

一度観た方なら分かりますが、
この映画は一度観ただけでは「???」が多すぎます。
しかし二度観れば、その「???」に答えが埋められていく感触を
見事に味わうことができるのです。
「あぁ、なるほどそうだったのか~」があるのです。
そういう映画の見方をできるものは非常に少ない。
そしておもしろい。
一度目の鑑賞は終わりの始まりにすぎず、また始まりの終わりにすぎません。
脳内ニューヨークの中にまた脳内ニューヨークが出来るように、
観るたびに新しい「ニューヨークの人間の人生」を、
そして観客自身の人生の投影を見られるわけなのです。
ですからこの映画は2度目の鑑賞をお薦めします。

脳内ニューヨーク・サブ2
[c]2008 KIMMEL DISTRIBUTION LLC All Rights Reserved

(ryu)
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2010⁄02⁄18(Thu) 15:37   未分類 | | | ↑Top

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