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コッポラの固定の夢


只今フォルツァ総曲輪で上映中の映画「コッポラの胡蝶の夢」は、
ほぼカメラを固定して撮っている。

僕は、サンプルでこの映画を始めて観たときは、
画面が固定された絵の連続だとは気付く暇もなく、
物語の展開に圧倒されてしまった。
のちにパンフレットを見て、
コッポラが、映画を撮る前にカメラマンには
「カメラは全編にわたって動かさない」と言ったと知った。

ビデオカメラを持ったことのある人なら分かるでしょうが、
カメラを固定して撮った画面というのは、
よほどの出来事が写されていない限り、
2分も見ていればあきてしまう。
カメラが動くことによって、観る側の興味も進むことができると言ってもいい。
だから、今どき全て固定で撮られた映画などは、
邦画で言うと小津の時代に遡らねば
なかなか観ることができない。

その点、世界の河瀬直美監督作品などは、
ほとんど手持ち撮影、動きまくりぶれまくりの撮影だ。
彼女の映画の作り方は、ドキュメンタリー的手法なので
現実の生が露出する瞬間をいかに鮮やかに切り取るかが、
彼女の作品の鍵となっている。
そのためにはどんな瞬間も逃さずに撮影できる
手持ち撮影が一番理に叶うのは納得できる。

ではコッポラはこの映画でなぜ、カメラを固定したのか?
おそらく原点回帰もあるのだろう。カメラは素早く動き、
またCGが映画製作になくてはならない時代となった現代に抗うような、
固定画面でいかに新しい映画を作ることができるか?
固定撮影でまだ撮り残した方法があるのではないか?
という思いがあったのではないだろうか。
そして、コッポラは映画を「作りこむ」ことに全身全霊を注ぎ込む監督だ。
固定画面だからこそ、
この視点から見える風景をカメラの画面という額に入れ、
その額のどこに人や物を配置するか、
どの方向からどれくらいの光を当てるか、
その中でどう人を動かすかなど、
画面を固定するからこそ、そういった「作りこみ」に専念できる。
現実を一切省いた、夢の虚像のような映像だ。

さらには編集の巧みさもすばらしい。
なにもかもが計算されつくした世界がそこにある。
それはまるでコッポラの思想を
覗いているようなものだ。
2時間のうちに写され、消えていく
スライドショーのような絵の数々を観賞するという楽しみだけでも、
「コッポラの胡蝶の夢」は
観るに値する映画でしょう。

ryuzo





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2009⁄02⁄03(Tue) 12:54   未分類 | | | ↑Top

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